『羽生結弦 未来をつくる』羽生結弦、折山淑美著

羽生結弦のシニアデビューからの軌跡をスポーツライターが本人へのインタビューなど共に

一冊にまとめたノンフィクション本。

羽生選手の戦績についての記述には興味がなかったが、

彼のメンタルの強さの源を知りたいと思い、本書を手に取った。

まず、集中するためにはどれだけ”今”を優先できるか、というのがすごく大切だということ。

「今できることを一つ一つ丁寧に」することが重要でもある。

そして目標というか、自分が何をしたいのかをしっかり見極めないといけないということ。

怪我に対しては、現状を分析して、怪我のために自分は何ができないのか、

その一方で何ができるのかを明らかにして、できることに集中することが大切だと。

緊張感との付き合い方としては、守りの姿勢に入るのではなく、攻めの姿勢を貫くことで

守りの気持ちを吹き飛ばすのだと。

人間はやればできる。絶対に勝ちたいと思ってやってきたことが羽生くんの今の自分の

糧になっているのだという。自分も勝負にこだわっていいのかもしれない。

『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』堀田秀吾著

いわゆる自己啓発本はなるべく読まないようにしたいと決めていたのだが、

最近どうしても考えすぎから不安になることが多く、ついこの本を手にとった。

タイトルの通り、最先端の研究を元に考えすぎてしまう癖を修正する方法が

述べられている。

考えすぎると不安になったり、悩みが深くなる。

すると、幸福にはならない。幸福になるためにも考えすぎないようにすることは必要。

そして、幸福に必要なことは心身が集中することであるという。

集中しているときは他のことを考えない充実した時間を過ごしているからである。

集中するためにはやる気の起きない「嫌だなぁ」と思う時間を減らし、

さっさと作業に移ってしまうことなのだ。

また、ぼーっとしているときのほうが脳はよく働いているらしい。

脳の特定の部位だけが活発になってしまうと、他の部位との有機的なつながりからの

イデアが生まれなくなるということである。

さらに、情報が多すぎたり、検討する時間が長すぎたりすると、物事をシンプルに

大局的に考えられなくなるため、最適な選択ができなくなるという研究結果もある。

そして、決断する段階においては、「どう決めるか」より「決められるかどうか」、

つまり、やるにしろやらないにしろ決断して腹をくくれるかどうかが重要で、

人生の満足度を大きく左右するのである。

お金と幸福の関係についても記述がある。焦ってお金を増やそうとすると、

お金を失った時に大きな恐怖を感じるし、「このお金を失ったらどうしよう」と

不安になり、身近にある幸福を感じられなくなるのだという。

また、ネガティブな気持ちがするときはネガティブな情報から離れることが重要。

もしくは、ネガティブになったら、10数えることで冷静に戻れる。

他にも、感情は日記をつける要領で言語化することで、

コントロールできるようになるらしい。

ネガティブな感情だけでなく衝動的な欲求にも効果があるのが「タッピング」。

額を手の指全体でトントントンと軽く叩くように30秒行う。衝動が半減するという

研究結果もあるようだ。

物事に集中したり、うまくやるには、好みの似た人の真似をすることが

効果的であるとのこと。「優秀な人ほど自分の好みに似た人を素早く見つけ、

その意見を参考にしてさっと決断する」という報告もある。

集中するのにも限界があるがそうした時は、小休止することだ。コツは、なるべく

考え事をしないで「ボーッとする」ことである。

他にも子犬や子猫などの写真を見て「かわいい」と感じることで、

集中力が戻ってくるとも。

幸福についても。

明るくハッピーな友人がいる人は幸福を感じる傾向にある。

笑顔でいるなど、身体の動き次第で思考を変えることができるのだという。

様々な感情が湧き上がってくる人の方が精神衛生的にも健康で、幸福度が高い。

知力の高い人は観察力が高いので、人を信用できるかどうかを見抜く能力があり、

その力により信頼できる人を選んでいるので、人を疑う必要がないのではないか

とも言われている。

以上、主に集中と幸福についての研究を紹介している。

『極夜行』角幡唯介著

Yahoo!ニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞した時から、

本書を読んでみたいと思っていた。

でつい先日文庫化したので早速購入して読んでみた。

冒頭からすっかりのめり込んでしまった。

それは冒険とは一見関係のない奥さんの出産シーンの描写から始まっていた。

その描写がとても生々しくて熱を帯びており、本書を読もうと思った動機とは

別についつい読み進めてしまった。

さて、極夜行であるが、北極圏において太陽が全く姿を見せなくなる4ヶ月感を

著者は一匹の犬と橇を引っ張って奥地まで進んで行きそして太陽を迎えて、

帰ってくるという行程である。

現代において夜でさえ人工灯で煌々と照らされて眩しいくらい明るい世界がある一方で

北極圏では現代社会システムの外にあり、全くの闇が支配する世界があるのである。

実際著者が極夜を経験するとそれは体力的にも精神的にも辛いということが延々と

書かれていた。その中で月は太陽のような男性的な存在と違って女性的に

闇を照らしてくれる女神のような存在であると言っていたが、

それは一方で眩惑的な光であり、その場にいる者を惑わす光でしかなかったらしい。

それでも極夜は実際美しい景色も見せてくれる世界であり、

地球は宇宙の一部であるということを改めて認識させてくれるほど、

ある意味現実離れした世界を見せてくれたとのことだ。

しかし、ブリザードがあったり、食料のデポが白熊に食い荒らされていたりと

様々なトラブルがあってこの世界は本当に想像を絶するほど過酷な環境であるに

違いない。

この本に出てくる登場人物には犬(人物ではないが)もいる。この犬との関係性についても

筆者は事細かく心情を描いている。いわゆる愛玩動物としての犬ではなく、

厳しい環境下においてもっと密接に結びついた関係性であり、

さらには餓死しそうな状況になれば、この犬を食すことも止むを得ないということ

さえ描かれていた。旧石器時代の人間と犬の関係にも近いものなのかもしれない。

そして、太陽が昇るのである。それは筆者曰く、産道から赤ちゃんが世界に

生まれ出てくるのに近いものがある、それを追体験するために筆者は極夜行を

試みたのだという。ここで冒頭の出産シーンとつながるというわけである。

人生には勝負をかけた旅をしなければならない時がある。

筆者にとってそれは今回の極夜行だったのであり、それは自分自身に対する挑戦であった。

私も極夜行とまではいかないが、自分の人生をかけた挑戦をするタイミングが

そろそろきているような気がする。生死をかけた旅でなくても

自分の人生に意味を見出すための旅をする必要があるのではないか。

そう思う今日この頃である。

 

『筋を通せば道は開ける』齋藤孝著

不惑を越えて、今まで生きてきた道に果たして筋があっただろうかというと疑問に思うことが

ないわけではなかった。そこで以前購入していたこの本を手に取って、

再び自分の人生を顧みようと思ったのである。

本書はアメリカの紙幣にもなっているベンジャミン・フランクリンの自伝を元に

著者が感じた人生哲学を綴ったものである。

その中で自分がピンときた部分について列挙しておく。

まず、心の苦しさは困難の量に比例するのではなく、困難をどれだけ整理できるかに

かかっているということ。困難にどのように対応しているか次第で、ストレスというか

自分の辛さは変わってくる。それはその通りで、今自分も自分が抱えている問題をどのように

整理するかを考えている最中だ。

次に、自分が成長するためには、やはり他者からの評価にさらされる場が

必要であるということ。自己評価ではダメだということだ。積極的にそういう場に

出ていく必要があるのかもしれない。

また、転職に必要なのはスペシャリスト的な能力よりも「雑事」に強いという点が

重要だったりするのである。それはあらゆる仕事に応用できるからである。特に、

クリエイターにはこのような能力が必要になってくるとのこと。ものづくりに関する

能力だけではなくて、それをどう売り込むかという営業的な能力も必要になるからだ。

そして、自分の能力を上げるのに手っ取り早いのは、得意科目の点数を上げるのではなくて

苦手科目の点数を40点から60点にあげた方が合理的とのことだという。自分が苦手な

部分を少しでもあげていくことで自分のビジネスパーソンとしての総合力が

上がるのはその通りかもしれない。

 

『白隠善師 健康法と逸話』直木公彦著

座禅を組み始めて2週間くらい経った頃だろうか。目眩と頭痛がするようになって、

調子が悪くなったと感じたので座禅をやめた。

調べるとどうやら「禅病」と言うのがあるらしいと分かった。

そして、白隠という高名な僧がかつてその禅病を患っていてそれを克服したということを

知った。たまたまお寺の坐禅会で読経していたのが、白隠の「坐禅和讃」だったのもあって、

この僧の禅病克服方法を知りたいと考え、本書を手にした。

それによると「軟酥の法」と「内観の秘法」というのが有効であるとのことだった。

詳しいやり方についてはここでは述べないが、どちらもやってみて

軟酥の法よりも内観の秘法の一部が自分にはあっているのかもと感じた。

ただ、それ以上に本書を読んで、悟ると言うことは決して仏門に入って修行を積むこと

によるだけではないのだと言うことを思った。

実際、白隠は生臭坊主とは言わないが、どちらかと言うと人間らしい部分が強い人で

共感を得られやすい人であるように読めた。悟りとは人間の真実真情そのものであるのだ。

ちなみに、これは白隠ではなく、沢庵和尚の言葉らしいが、回復するためには

「身もだらり心もだらりアレだらり」の三だらりで回復力を得ると言うことらしい。

上半身を空っぽにして下半身に気力を充実させることが重要である。横隔膜を下げて、

下腹部に力を入れることで精神的に緊張を与え、精神的に落ち着きをもたらすとのこと。

心と息は一体のもので、心が乱れれば、息も乱れるのである。

知識ではなく、行動によって体感することが大事であるとも感じた。「実行無くして

実効なし。実行のみよく実効を産む」と言うことだ。

「あなたはあなたの主人公であるとともに、あなたはすべての主人公です。ご自分の心を

大切にしなさい。心を大切に守り養い、立派に育てなさい。心こそ内外神霊の力を発揮する

生きた道具であります。心を傷つけたり、汚したりすることを防ぎなさい。ご自分の心を

正しく守り、強く生き抜くことは、普段考えている以上に実に重大なことであります。」

衆生本来仏なり」

『立花隆の最終講義』立花隆著

学術用語が度々出てきて難しい本だった。

東大生を相手に話しているからなのだろう。

途中で読む気が失せてしまった。それでも、中には平易な言葉で記述していて

なるほど、と思わせられる言葉があったので、いくつか挙げておきたい。

まずは、物事を考えるときは考え方の基本を誤らないこと、という点。

問題に具体的に取り組み始めたら、考える順序を考えるということ。

次に、本当に社会で起きている事象の大半はわからないままに終わるということ。

大事件の場合、報道量は爆発的に増えるが、同時に伝えられない事実も爆発的に増えるのだ。

率直に言うと社会のダークサイドが思った以上にあると言うこと。

三つ目に、本当に重要な問題ほど、何が何だかよくわからないものなのであるが、

その中で我々はどう暗中模索して解を見つけていけばいいのかと言うこと。

第一には訳の分からなさの整理。自分は何を知りたいのかを整理して書き出し、

問題として整理する。第二に数学の代数を考えかたとして分からないことを考えてみると

言うこと。

 

『長い旅の途上』星野道夫著

大学3年の就職活動でエントリーシートに好きな本のことを書いて、

それが星野道夫の『旅をする木』だった。

肩の力が抜けて地に足のついた文章だと書いた記憶がある。

本書は星野道夫の遺稿集である。

大人になって私たちは子供時代を懐かしく思い出す。おそらく一番懐かしいものは、

あの頃無意識に持っていた時間の感覚ではないだろうか。過去も未来もないただその一瞬一瞬を生きていた、もう取り戻すことのできない時間への郷愁。星野道夫はそう書いている。

瞑想がそうだったが、今に意識を向けることを取り戻すのがその目的だった。

星野道夫は自然と触れ合ううちに自然と瞑想と同じような状態を

自ら作り上げていたのではないか。

星野道夫はアラスカの自然の中に長く暮らすうちに、ふと、多くの選択があったはずなのに

どうして自分はここにいるのか、と思うようになったのだと言う。アラスカに

移り住み始めた頃は緊張していてアラスカの自然は優しく語りかけてはこなかったが、

歳月が過ぎるうちに風景は別の言葉で語り始めていたのだと言う。

今の自分にこの言葉を投げかけると、果たしてこの言葉に対する答えを

強い意志を持って答えられない気がする。

私たちが生きていくと言うことは誰を犠牲にして自分が生き延びるかと言う

日々の選択であると言う。それは悲しみという言葉に置き換えてもいい。

現代社会に生きていてその悲しみを感じることが薄くなっている。

ほぼないと言っても過言ではない。食べ物から自然を感じる、尊ぶ感覚を

持つということがアラスカの狩猟民は持っていて、現代社会に生きる私たちにはない。

星野道夫曰く、自然とは人間のためでも、誰のためでもなく、それ自身の存在のために

息づいているものだと言う。そして、それは同時に、僕たちが誰であるのかを、

常に意識させてくれた。

自然を感じ、今を感じる。どんな哲学よりも自分を問うているのではないか。