『光秀の定理』垣根涼介著

今まで読んだ著者の歴史小説はこれで3冊目。

いずれも戦国時代前後を舞台としているが、本作も楽しめた。

「定理」というのは、光秀が信長の配下になった初戦で六角氏攻めをした際の

城攻めの戦略の方法のこと。

4つある砦のうち、1つには兵がいないのは分かっているが、

どれがその砦なのかが分からない。

ただし、2つの砦には必ず兵がいることが分かっている。

従って、残りの2つのうち1つを選べばいいのだが、どちらかは分かっていない。

そこで、光秀は若い頃から付き合いのある、愚息という坊主が

かつて市井で4つの椀と1つの石を使って、博打を打っていたことを思い出す。

愚息はイカサマをせずに、数回ゲームをすればいつも結果的に勝っていたので、

光秀は愚息にその土壇場で教えを請おうとしたのである。

結果、愚息の言うとおりにしたら光秀は見事、空になっている砦を攻め落とし

城もあっという間に攻め落とすことができた。

この理屈はイギリス人のトーマス・ベイズによって発見された条件付き確率の定理から

来ているらしい。

つまり、初めに4つのうち1つの椀(砦)を選ぶ。

次に残り3つのうち2つは兵がいることを明らかにする。

残った2つのうち石(兵)のいないと思われる1つを再度選ぶ。

その段階では確率は2分の1であるはずだが、初めに選んだ椀は4分の1の確率で

石がある。しかし、残った2つのうち、初めに選んでいない方の椀に

石がある確率は4分の3のままである。

従って、初めに選んでいない方の椀を2つになったときに選ぶと、

確率は4分の3で成功となる。

これを繰り返すほどに勝ちになる確率は4分の3に近づいていき、

必ず親(愚息)が勝つことになると言う理屈である。

本作の主人公は光秀であり、この愚息とその仲間の新九郎という剣術家でもある。

戦国という世を生き抜くには光秀はしたたかさに欠けているように描かれている。

愚息と新九郎はそんな世の中を誰につくこともなく、自分たちの才を生かして、

気ままに生きている。

一方で、光秀は土岐明智氏の流れを汲む名家の棟梁として一族を背負っていかなければ

ならず、それが彼に重荷を背負わせることとなっている。

本能寺の変そのものは描かれていないが、

光秀が本能寺の変を起こした動機は、信長が将軍だけでなく天皇を廃し、

自ら天子となろうとしたので、それを防ごうとしたためだと書かれている。