『魔法のことば』星野道夫著

星野道夫がアラスカでの経験を日本で講演した内容について記した本。

講演が同じ内容のことがあり、各章毎に同じ経験が語られている。

例えば、エスキモーポテトと言う小さな木の根を集めるのに、ネズミの巣の穴を

掘って彼らが蓄えているエスキモーポテトを半分取って、代わりに魚の干物を置いておく。

エスキモーの人々が自然と物々交換すると言うこの感覚は今の日本人には

中々見られないのではないか。

他にも、アラスカではクジラ漁が行われているのだが、そこで若者が生き生きと

漁を行い、そのアドバイスをする年寄りが非常に力を持っている。年寄りは体力が

無くなっても知恵が残っていると言うことを感じさせられる。それはとても

健康的な社会だと思えたのだと言う。

神話についても、アラスカにはいまだに残っていて、語り継がれている。神話を通して、

自分というものを世界に位置付ける。自分を”抑制”する力が神話にはある。

現代にはそういった力を持ったものがないので、世界や宇宙の中で自分を

どう位置付けていいかわからなくなり不安になるのだという。

さらに星野道夫は人間にとって大切な自然は二つあると言う。

一つは僕らが日々の暮らしの中で出会う近くの森など。

もう一つは遠い自然で、日々の暮らしでは関わらないけれども、どこかにある自然。

例えば、今僕らが現代社会で日常生活をしているときに、

同時刻にアラスカのような悠久な自然の中でクジラが海面を飛び跳ねている。

こういったことを意識できると言うことは人間にとって大切なのではないか、と語っている。

自然に対する興味というのは、本当に最終的に突き詰めていくと、星野道夫

自分の生命に対しての興味にぶち当たるのだという。

さらに多様性ということで言うと、僕らと違う価値観で生きている人間を見ることで、

僕自身のことがわかることにもつながるのだと言う。

星野道夫の言葉は自らの体験に根差しており、さらには周りの人間、ひいては自分自身に

対しても真摯であり、それが力強く説得力のある言葉として私たちに響いてくるのだと思う。

現代社会に生きていて果たして自分は自分の言葉で語っているだろうか。

社会自体が複雑化しており、自分の言葉だけでは語れなくなっている側面は否定できない。

しかし、自分に対して真摯になり、本音というか自分自身の言葉を紡ぎ出すことは

どこかで自分を保つためにも必要になってくる気がする。

それは「地に足のついた」言葉でもあると思う。ちなみにこのことは新卒の

会社のエントリーシートにも書いたことである。

そして、上記の通り、自分を世界、時代の中に位置付けることも地に足をつけた

生き方をするためにも必要になってくるような気がする。